広島の歴史のルーツを探る二葉の里を再び散策してみました。牛田新町の不動院〜矢賀駅までの間に点在する由緒ある神社・仏閣、史跡などの文化遺産を結んだ散歩道を、散策マップに忠実に歩いてみました。方向音痴なので最終地点の矢賀駅までたどり着くことができるのか不安ですが、とりあえず出発してみます。途中でリタイアするかもわかりませんが・・・・
新白島駅からアストラムラインに乗り、3つ目の駅不動院前で下車
不動院 楼門(国重文) 禅宗様の建物で入口の左右には仁王像が立っています
鐘楼(国重文)
金堂(国宝) 広島市内唯一の国宝で、現在国内に残っている禅宗様の仏殿としては最大級のもので、壮大で荘厳な感じがします。原爆投下での災禍を免れて、昔の栄華を今日にとどめている。足利尊氏が諸国に建立した安国寺の一つで安芸安国寺とも呼ばれていた。不動堂(右上)
日通寺 浅野2代藩主光晟夫人満姫(自昌院)晩年の願いにより元禄5年(1692)〜8年(1695)に建立されたものである。境内の梅鉢紋入手水鉢は加賀前田家とのつながりを示している
ひろしんビッグウエーブ プールなど完備の屋内スポーツ施設
水道局敷地内にある歴史の重みを感じる貯水池?
工兵橋 太田川の洪水による流失を防ぐため、大正10年(1921)に吊り橋として架けられた橋で幅1.8m、長さ77.8m
アストラムラインの走る高架橋
八剣神社(やつるぎ)由緒が掲示されているのみです
碇神社 城下町で1番古い神社 。当時この辺りは海辺で往来の船が碇を降ろしたことからそう呼ばれるようになったといわれている
安楽寺 山門 天台宗法大寺と言われていたが、天文2年(1533)、浄土真宗に改宗し安楽寺と称するようになった。山門横の親鸞ゆかりの大銀杏は原爆の爆風から寺を見守ったことから山門の屋根はくり抜かれて造られたそうです
本堂 爆風で屋根や壁ははぎとられて骨組だけとなり、本堂の柱には当時の焼け跡が残っています。境内には親鸞ゆかりの銀杏記念碑がある
金光稲荷神社 もとは五穀豊穣の神として崇敬されていたが、その後商売繁盛・家内安全・請願成就の大神として信仰を集めている。奥宮まで鳥居が連なりその数100基余り、石段は500余段ある
二葉山平和塔 世界の恒久平和を念願し、原爆の犠牲者の冥福を祈るため昭和41年に建立。金光稲荷神社の参道を上り奥宮を経て平和塔に通じる
はがきの木広場 タラヨウ(中ほどの背の高い木)が植えてある広場で、タラヨウの葉の表面を傷つけると文字が書けることから、郵便局の木として定められています。広場は尾長天満宮近くにあります
がらがら橋跡 がら竹という小竹を束にして造った橋だったことから付いた名称だそうです。現在は川もなく説明版があるのみ
三本松 豊臣秀吉が広島城に立ち寄った際、手植えしたとの言い伝えがある。夫婦松の間に小松があることから三本松と呼ばれるようになった
才蔵寺 戦国時代の武将でのちに広島藩主となった福島正則の家臣、可児才蔵を祀っている寺.。可児才蔵の銅像や味噌地蔵を安置
晩年は仏門に入り脳病平癒の治療に専念していた。才蔵の没後、社会奉仕に尽くした彼の功績を慕う人々が味噌と脳みそを連想し、寺に安置されている地蔵尊の頭に味噌を供えて祈願すれば、合格が叶えられるとあって、受験シーズンには受験者やその保護者の参拝で賑わうようになった
矢賀駅 二葉の里歴史の散歩道の最終地点。才蔵寺から矢賀駅までは、長くて急な坂道を上り、再び下る。最後の難所は正直きつかったです。折り返 す気力もなくなりましたので、電車で広島駅まで帰ります。矢賀駅はJR芸備線の駅で、広島駅から最初の駅です
愛宕神社 カープの選手やファンが必勝祈願に訪れることで有名な神社で、必勝祈願の幟が何本も立っています
マツダスタジアムへのロード、ローソン、飲食店はどこもカープカラーの真っ赤劇に染まっています。今年も優勝期待してます!頑張れカープ
前回巡った七社寺は、安楽寺〜がらがら橋跡の間にあります。全コースを歩いてみて(途中何度か助けを借りました)これだけの神社・仏閣が点在していることに驚くとともに、数々の発見がとても楽しく、見どころがいっぱいの散策コースでした。各所に残る原爆の爪痕に、平和であることの大切さを痛感しました(2017年1月7日)